【再会】63歳でTJARを目指した男、福原正夫さん
ちょくちょく仕事で九州全域、博多に行ってます。
広島転勤以降、アルプスが遠くなり少し悲しい反面、今まで知らなかった文化、地域性に触れられているのは人生においては大きなプラスだと思ってます。
ただ私、中国四国九州の西日本での人脈/ネットワークが弱く、一県に一人二人しか知り合いが居ません。
やっぱり地元の方に観光名所や歴史を教えて貰うと、興味が深まるし、面白さ倍増です。
◼️福原さんと5年ぶりの再会
21/8/24(火)も日帰りで博多に行く用事がありました。
福岡県だとTJAR2016選考会同期の福原正夫さんが知り合いでおりましたので、失礼ながら急遽前日に明日博多に行く旨のメールをさせて頂きました。
「では明日お会いしましょう」と気持ちの良いお返事を貰います。
福原さんは6月末に行われたTJAR2020選考会にも出場しており、TJAR2016選考会同期のよしみで密かに応援をしていたのですが、ワンミスがあり落選。
合格し抽選も当選していれば63歳のTJAR選手が誕生となっていたのです。
福岡からどのようにアルプスに通ったのか?
マラソン3:20を63歳で切るまでの努力は?
そもそも福原さんのお仕事や過去の山岳経歴は?
色々と伺いたいことが多くあり、再会を楽しみにしておりました。
◼️福原さん宅へ
18時過ぎに天神で待ち合わせ。
居酒屋はコロナ蔓延防止でお酒の提供ができないので、福原さんのご自宅で飲むこととなりました。
某百貨店地下でお摘みやお酒を買い込みます。
びっくりしたのが、百貨店のレジ。
ID払いが出来ないは、レジ待ちは長いは、レジ打ちも遅いは、お客さんも動作がゆっくりだはで、せっかちの私は驚くばかり。
私がコンビニやセルフレジがあるスーパーの感覚が染み付いているのかも。
話が少し逸れました。
バスでPayPayドームや博多タワーのほうへ。
ここって九州に疎い私でも分かる高級住宅街。
バスを降りそこから少し歩いて海沿いの高層マンションへ。
なんとなく感じていましたが、福原さんスゴイ。
◼️福原さんの経歴が半端なくスゴイ!!
飲みながら話題となるのはやっぱりTJARと山の事。
山関係の方と飲むと何故か仕事の話はあんまりしないのです。
福原さんは今登山ガイド資格を取るべく、書類等作ってらっしゃったので、参考までに少し見せて頂きます。
「 ん??なんじゃこりゃー!!! 」
いや〜驚きました。
チョー・オーユーやマッキンリーにアルパインクライミングで登ってられたのです。
昔の山雑誌にもしっかり名前が記載されてました。
日本でも冬季の北鎌尾根、前穂高北尾根東壁、剱岳チンネ、滝谷….。
西穂高から奥穂高に向かう途中で撤退も、西穂高西尾根で下山です。
これってトップクライマーじゃないですか。
「 若いときです 」
福原さん謙遜されますが、私の少ない山岳知識をふり絞り、有名な登山家を羅列すればほぼ知り合い。
国体でも福岡県の監督を4期(だったかな?)勤めていたとの事。
TJAR創始者の岩瀬さんとも国体の監督同士で面識があり冬季アルプスでも遭遇しているとの事。
長谷川恒雄さん、山野井さん、メジャーどころの細かな話まで。
福岡から車でアルプス行って厳冬期の氷壁をピークまで登ってたんですよ。
まるで神々の山嶺の羽生丈二。孤高。
◼️その他面白い企画も
奥さまの御先祖さまが福岡藩士で戊辰戦争や明治維新に関連されている方。
その御先祖さまの江戸までの上京ルートを、車で高速道路を使わずに日本橋まで行ったとの事。
私、NHKのファミリーヒストリーが大好きでこの手の旅に憧れるのです。
いつか私も男澤家のルーツを辿る旅がしたいなぁ〜。
帰りは博多駅までカッコイイデリカD5で送って頂きました。
高層マンションの地下駐車場ですよ。
世界が違い過ぎる。
このD5に乗り換える前はいすゞのビックホーンに30年間乗っていたとの事。
部品供給が無くなり泣く泣く買い替え。
それでも◯万円で売れたとか(笑)
この手の車ヒストリーも私大好き。
◼️最後に
福原さんのTJAR挑戦は今回で最後との事。
やはりフルマラソン3:20が厳しいようです。
この様な日本トップクラスのアルパインクライマーでもTJARには特別な浪漫を感じるみたいです。
それにしても今回驚きました。
TJARが繋いでくれた縁だと思います。
私ももう少し冬季登山頑張らねば。
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